脇見恐怖症に関する記載のある2冊の精神医学事典を発見

最近、脇見恐怖症に関する文献を探すために、東京都立中央図書館に初めて行ってきました。

中央図書館は蔵書数がとても多く、期待が強かったのですが、幸いにして脇見恐怖症について記載の精神医学事典を2冊発見しました。どちらも「視線恐怖」の項目の中に、脇見恐怖症のことが書いてありました。以下に引用します。


「精神医学事典」弘文堂; 縮刷版(2001/11)
http://www.amazon.co.jp/dp/4335651082/

視線恐怖

 対人恐怖症の一亜型。正視恐怖症ともいう。青年期好発。人の前に出ると視線が気になり、落着きを失い、それゆえに相手に馬鹿にされると考え、ついつい人前を避ける。いくつかの段階が考えられる。(1)人みしりいわれる程度の正常範囲内の対人緊張、(2)恐怖神経症の段階のもので、馬鹿馬鹿しいと思うが気になって仕方がない場合、(3)関係妄想性を帯び、たしかに相手に見られ馬鹿にされていると信じこむ場合、(4)分裂病の初期症状としての関係妄想の一環として他人が意味ありげに自分を視ているという絶対的確信をもつ場合、の四つを一応区別できる。以上の段階的区分と別に、構造的に次の二つに分けることも臨床的に有用である。(a)面前する他人の眼が自分を視ていることが気にある場合と、(b)自分の視線が面前する他人を心ならずも視てしまうことで悩む場合とである。後者についていま少し付言すると、そこでは「自分の視線がいやらしい目付で、面前の相手に不快な感情を起こさせたり、その人の心を傷つけたりする」のである。したがって(a)見られる恐怖に対し、(b)は見てしまう恐怖、あるいは見えすぎる恐怖といってもよい。「見えすぎる」というのは(b)のタイプの視線恐怖患者がよくいう言葉で、また「自分の視野がひろすぎ」たり、「脇見をすぐしてしまう」ともいう(脇見恐怖)。このように(b)では自分の視線が問題なので、自己視線恐怖(Eigenblicksphobie)と呼んで区別することもある[笠原嘉・藤縄昭ら]。自己視線恐怖は先に述べた段階的区分でいうと、単なる恐怖神経症段階(2)をこえて、関係妄想的段階(3)にまで至ることが多い。したがって重症対人恐怖症といったり、思春期妄想症[植元行男、村上靖彦]と呼んだりもする。また、自己視線恐怖症は自己臭症同様、何かが自分の内から洩れ出て相手を傷つけるという構造の自我障害をもつから、この点に着目して自我漏洩症状(egorrhea symptoms[藤縄・笠原ら])として一括することもある。対人恐怖症自体が文化結合症候群的でわが国に多いとされてきたが、近年DSM-Ⅲにsocial phobiaという新項目が掲載されたのが契機になって、他国の情報がもたらされつつある。中でも韓国の精神科医との交流から、かの地にも対人恐怖症、しかも視線恐怖症さえみられることが知られるようになった[リー S. H. Lee 1987]。

文献 笠原 嘉(編)(1972)、藤縄 昭(1972)、村上 靖彦(1985)、リー S. H. Lee(1987)

(笠原 嘉)


「現代精神医学事典」弘文堂 (2011/10/7)
http://www.amazon.co.jp/dp/4335651430

視線恐怖

 視線に関連する対人恐怖の一亜型。人前で他者に見られることを恐れる場合と、自分の視線が不快な印象を与える特徴をもつゆえに他者に忌避されると考える自己視線恐怖に大別される。前者は内沼幸雄[1977]によるとしばしば赤面恐怖からの症状変遷において生じ、DSM-Ⅳにおける社会不安障害(social anxiety disorder)と重なる部分がある一方、精神病性の注察念慮につながる症例もある。後者は対人恐怖の中ではやや遅く、青年期後期に好発し、自分の目つきが悪かったり、視線がいやらしかったりするために他者に不快感を与えるという悩みのほかに、そうした視線を発する範囲が拡大して、視野に入ってくる人を見てしまう、横に視線がいってしまうという脇目恐怖を示すこともある。自分の視線のために他者に忌避されるという関係妄想性を帯びるという意味で、対人恐怖の中では重症型とされる一方、自己臭症とともに自我漏洩症状にも数えられる。(岡島美朗)

[文献] 笠原嘉 編 (1972), 内沼幸雄(1977)


どちらも脇見恐怖症の特長をとらえた記述をしていると思いますが、とても客観的かつ端的な記述です。私のような脇見恐怖症の経験者が読めば意味を理解できますが、経験したことのない人が、この記述を読んだだけで、脇見恐怖症がどのような症状なのか想像できるものでしょうか。そう考えると、実際に脇見恐怖症に苦しんだ人がその経験談や想いを発信していくのは、とても意味がありそうな気がします。

精神科医には脇見恐怖症について知らない方も多いですが、このように精神医学事典にはっきりと書かれているので、知って頂けるとありがたいですね。

なお、インターネット上では「脇見恐怖症はネット用語だから一般には通じない」という発言をよく見るし、それを信じている人も多いですが、根拠となる文献があるので、間違いであることがわかります。

2つの記述の根拠になっている文献は似通っており、先日紹介した内沼幸雄著「対人恐怖の人間学―恥・罪・善悪の彼岸」、また笠原嘉著「正視恐怖・体臭恐怖―主として精神分裂病との境界例について」(http://www.amazon.co.jp/dp/B000J9ZIXQ/)などのようです。このどちらも古い文献ですが、さらに古いものに関しては見つけることができませんでした。(学術研究者しか見ないような論文のデータベースを使えば見つかる可能性もあるのでしょうか!?)

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