脇見恐怖症が発症してから完治するまでの体験

脇見恐怖症が完治するまでのことを書きたいと思います。

私は何年も脇見恐怖症の症状に悩んだ後に、また何年もかけて症状が和らぎ、少しずつ消えていきました。具体的には、小学校6年から20歳頃まで、つまり10代のほとんどを脇見恐怖症の嵐の中で過ごしました。それから10年、20代いっぱいかけて、少しずつ治っていきました。

脇見恐怖症になったきっかけは、クラスの斜め前に座っている女子から、「こっちを見てる」と言われて、自分の視線に対する意識が芽生えたことです。言われるまでは何も意識していなかったのに、陰口が偶然耳に入ったことで、本当に見てるんだろうか?自分の視線は何かおかしいところがあるのだろうか?と考え始めてしまい、そこから底なし沼はまったように症状が深まっていきました。

脇見恐怖について悩めば悩むほど、自分なりの対策を考えたり実践したりすればするほど、ますます症状は悪化していきました。

苦しかった10代の頃、救いを求めるようにして、書店の心理学コーナーの本を片端から読み、自分なりに研究しました。隣町の大きな図書館に行って、精神医学の論文や医学事典を探し回ったこともあります。インターネットでも情報を探しましたが、当時はまだインターネット上の情報は発展していませんでした。勇気を出して1人で精神科に行き、精神科医やカウンセラーに話しましたが、何も理解してもらえませんでした。

もちろん、相談できる人や頼れる人などはおらず、ずっと1人だけで悩み続けました。視線や脇見にこんなに悩む人間など、世界でも自分一人だけだとずっと思っていました。心の中は絶望感と孤独感でいっぱいで、その他の感情が生まれる余地はありませんでした。

中学校や高校の頃は、教室にいる間ずっと目を閉じて過ごしていたので、まったく勉強できませんでした。視界に人が入らないように薄目を開けたり、片目をつむったりするから、一気に視力が落ちました。肩肘をついたりして変な姿勢をとるので、姿勢も悪くなりました。

脇見恐怖症の発症のきっかけや、その後の経験は、以下の記事に詳しく書いています。

脇見恐怖症に苦しんだ半生

そんな悪夢のような日々を長く過ごしていましたが、いつの間にか症状がピークを打って、自然に気持ちが楽になっていきました。何年もいろいろな対策や治療法を試しましたが、結局、何かが効いたわけではないように思います。自然界では、どんなに激しい嵐が来ても、時間が経てばいつかおさまって霧が晴れ、少しずつ青空が広がります。それと同じように、心の中の嵐も少しずつ晴れていき、脇見恐怖症のことを意識する度合いや頻度が減っていきました。

このような脳の変化や過程は、脳科学の研究が発達すれば、科学的に理解できるようになるかもしれないと思います。

脇見恐怖症の軽快には、周囲の環境が変わったことが影響したと思います。中学校や高校の教室では、真横や前など、視界に入りる場所に必ず同級生がいるし、その状態が朝から夕方までずっと続きます。脇見をしていないか、悪口を言われていないか、一日中不安に襲われながら過ごしていました。

でも、大学に入ったことで状況が変わりました。大学の授業では自由に席を選べたので、隣に人が居ない場所や、距離を置いた場所に座ることができました。以前のような、1日中脇見のことを意識していた生活と比べると、本当に大きな変化でした。自由な時間も増えて、自分の部屋や自習室のようなところにこもり、1人で視線を意識せずに過ごす時間も増えました。このような環境の変化があったおかげで、大学に居る期間から、症状の緩和が始まっていったように思います。

10年くらいかけて、ゆっくりと症状が和らいでいきました。以前は教室のように目を開けられなかった場所でも、目を開けられるようになりました。廊下や道で人とすれ違うときに、視線のやり場に苦労しなくなりました。人が視線に入らないように、片目をつぶったり変な姿勢を取ることもなくなりました。最終的に、真横に人がいても、食事をしたり、長時間座ったり、パソコンの操作をしたりすることができるようになりました。

自分の経験から言えることは、脇見恐怖症を治すためには、決して無理をせずに楽な環境で過ごすのが大切だということです。かつての自分のように、苦しいときほど余計に複雑に考えてしまったり、インターネットで見つけた治療法を試してみたりしがちです。でも、そういうことは脇見恐怖症への意識を高めて、より深みにはまってしまう恐れがあります。むしろ、できるだけ脇見恐怖症を考えなくてよい環境に身を置いて、落ち着いて過ごすのが良いのではないかと思います。

もちろん、一口に脇見恐怖症と言っても、人によって症状のタイプや、症状が継続する期間、どんな経過を辿るかは異なります。人によって、また症状の段階によって、治療のためにやるべきことは違ってきます。上記の考え方はあくまで総論で、個別に考えなければならないし、1つの考え方に囚われるのもまた逆効果になりかねないので、注意は必要だと思います。

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